DoLL

2006年6月

好きになるのは簡単なのに、どうして、嫌いになるのは難しいのだろう?

アを嫌いになれたら、どんなにあたしは楽になるだろう。

嫌いになれる理由は沢山あるのに、どうしてそれすらも愛しく思えてしまうのだろう。


からっぽのこころが、ずうっと彼の名前を呼んで まどろみながら、彼の夢をみる。

起きているときには車の中に居た。

闇と明かり、流れていく景色の中だけは、安らかな気持ちで居られた。

奇しくも、初めて会ってから半年が近づいていた。


「本当に会っていいもんなんだろうか

 すごい好きだからこそ、0になるぐらい状況は変わる

 会うことが、恋の寿命を縮めはしないか

 …覚悟はしたはずだけど、どうしてもどうしても不安になるよ

 ごめんね

 こればっかりは、シミュレートできない

 いや、シミュレートして…ネガティヴな結果しか…予想できない。」


昨年12月30日、まだ会う前の会話ログ。

あたしの恐れ。実経験からの、悲観的なシミュレーション。


「今までは会わない時間が普通だったけれど

 会ってしまうと会わない時間が普通ではなくなる

 それでまた会うのだけれど、あまりに会いたかったからって

 空回りしちゃったりもするし

 会うのを繰り返すのが長期化すると、経済的な負担も大きい。

 するとまあ、その分のしわ寄せが相手との会話に出たりして

 すれちがいまくりになるね

 最初に会ってから、半年でなにかが終わる

 一年で全部終わる。

 ひん。リアルすぎてごめんよ

 どうやったらそうならないように出来るか

 それも考えるけれど、正直わからない…。」


…この頃のシミュレートの結果と比較すると、今のところかなりの誤差が出ている。


彼の家に行くのは最初で最後だろうと予測していたし、そこまでオフで会うことに執着しないだろうと予測していた。

そして…ゆるやかにオンで仲違いしながら、終わるのであろうと。そう思っていたのに…。


仲違いも何度もあったにもかかわらず、進展がないのもまた、いらいらするのに何故かいとおしくて。

今回だってそうだね…

…キレたけど。


時間が止まっているようで止まっていないようで

成長があるようで無いようで

そうか、普段のあたしの速度ではないからかもしれない…。

こちらの思い通りに事が進まない、一筋縄ではいかないところを

もしかしたら楽しんでいるのかもしれない…。 



いつまで心は閉じているのだろうか。

今回は妥協しないと、こちらからは決して話そうとはしなかった。

連絡をとらない日が続いた…今までないほどに、長く。


いつメッセージを貰ってもいいように

ずうっと、Skypeのステイタスはオンラインのままにしていた。

アのSkypeもまた、寝ていると思われる時間であってもずうっとオンラインのままだった。

…けれども、言葉を交わすことはなかった。

ただ、意地張っているように延々とオンラインになっている彼のステイタスを見つめながら、しょんぼりしていた。

部屋に居ると見てしまうから、居たくなくて、車で夜の街を走っていた。

地震がきっかけで、電話を貰うことは出来たけれど、それで何かが変わった訳でもないようだった。

チャレもしたかった。

けれども、彼が居るのを見るのが怖いし、彼にあたしがチャレしているのを見られるのが怖い。

だから、オンするのが怖くて、なかなか出来ずにいた。



我慢も限界に近づいていたある日。

一緒にチャレンジしてくれた面子が解散したとき

あたしは、一目散に彼の居るろびーに飛んでいた。


彼はひとりでそこに居た。

挨拶すると、挨拶がかえってきた。

チャレの話をする。

チャレの話だと、返事がかえってくる。

少し、一年前を思い出した。

丁度、こんな感じだった。


『ちゃんとご飯はたべてましたか』


不意にそう訊かれ、あたしはうつむいた。


「…食べられるわけがない。」


ちゃんと話を、本当に話をしてくれるのか

微妙にわからない距離感の会話が続いていたそのとき

不意にふたりの鉄が、あたしたちの居るろびーへとやってきた。

ふたりとも日頃ちょくちょく、一緒にチャレをしている知人だ。


『4人になりました』

それは、チャレンジの始まりのしるし。


C6をすることにした。

始まる直前、思い切って、Skypeの通話ボタンを押した。

…3エリのはじめあたりでメンバーの一人が、回線エラーで落ちてしまった。

何故かやり直すムードにならず、暫くしてC9をやることになった。

キャラを変更することなくC6をやっていたため、そこまであたしはFOnmで、焔のひとはHUmだった。

流れのままに同じメモカの、小さい方のネッシでログオンしふとアを検索してみると

EIN HANDER

…なので急いでつなぎ直して、大きい方のネッシにした。

久しぶりに見た、暗き焔の鉄。

あたしの、片手。


「アインだ…」 あたしは小さく呟いていた。


『ねすこ』

アの声が、あたしの心にしみわたる。

もしかしたらあたしも、心を閉じていたのかもしれない。

C9を終えた後、ふたりの知人はいなくなったから、アインとネッシのまま、ふたりでC5をやった。

彼がマジ墓をひとつつくったものの、その後のやり直しでクリア。

彼との久しぶりのチャレンジは、本当に本当に嬉しかった。



「妄想してたよ」


チャレが終了したあとの、カウンターの前。

その言葉はSkype越しにではなく、ネッシの口から発されていた。


「もしもあたしがあたしではなく、違うキャラだとしても

 あなたはあたしを見つけてくれるだろうか、と」


しばらくの沈黙の後、アインが答えた。


『動きのクセやSCで、わかるんじゃないかな

 でも、直接きいたりはしないだろうね』

そして、Skype越しにアの声がした。


『俺も同じこと考えてた。こうなったら別アカ買ってやろうかって』


馬鹿だ馬鹿だ。

あたしも彼も、なんて馬鹿なんだろう。

別アカ買ってまで一緒にやりたいのであれば、仲直りすればいいのに。

でも…もし、そうなっても、すぐわかるね、きっと。

だってあたしは誰よりも、彼を見ているから。

どんな鉄でも、きっと、彼だと気づける。

自信あるよ。

『俺は、弱いよ。お前を守れない』

焔のひとは、ぽつりと呟く。

正論と強い言葉に、何もできなかったと。

けれど地震のときに電話してくれた。

それだけでも嬉しかったんだ。

何も進展していないのかもしれない。

また妥協して仲直りしてしまっている自分が居る。

でもあたしはそれでも…

それでも・・・・



最後にアは、beatmania IIDX 10thの”DoLL”という曲の、ロングヴァージョンを聞かせてくれた。

”DoLL”は、刹那の恋と引き換えに永遠の命を失った、人形の物語。

  

  無機質に閉ざされた 虚ろな日々に
  初めて夢を見た
  『キミニ、触レタイ』
  そんな存在に気付かない君は
  「さよなら」って 或る日 言った


印象的な始まりのメロディ。

この曲を聞くたびに、あたしはアを彷彿とする。

心を閉ざし、ゲームに依存する

自身ですら痛みを感じないほどに固く閉じてしまっていた、その心の扉を

誰でもなくあたしが、開けてしまったのだ。

あたしに触れたいと、彼は望んでくれたのだ。

 

「君が居ない永遠ほど この世界中に恐いものはない」


あたしは、呟く。

本当に本当に、そう思った。

もしも神様が居るのだったら、あたしから彼を奪わないで。

…側に居させてください。


『伝えたいのはそういうことです』

アはそんなあたしに、ただ、そう答えた。

―♪DoLL(TЁЯRA)