アインの死

実際会った後も、さほど距離感が変化することもなく

あたしとアは日々チャレンジを続けていた。


2006年3月下旬

実際にオフで会ってから一週間ほどは、切なくて切なくて本当に鬱になる。

そうしてそれが、必要以上に相手を求める結果になって

お互いに些細なことで傷ついて、傷つける。


この日が、まさにそうだった。


『嫌いになったりしないから大丈夫だよ。それは自信がある』


「なんでそんなの言い切れるの」


『根拠ってなんだろう

 不安をねじ伏せるだけの強い言葉は持ち合わせていない

 でも言えるんだ。嫌いにはならないと』


「好きでなくなるのも嫌いにならないうちか」


どんな言葉を貰っても、不安を拭い去れないあたしに、アはだんだん口数が少なくなって

そうしてあたしのどんな問いかけにも答えなくなった。

チャットでも、Skypeで呼び出そうとしてもただひたすらに無視された。

離れているから、声しか、言葉しかないのに。


『今朝はごめん。とても返事に困っていた』


夜になってやっと反応が返ってきた。


『お前の、本当に欲しいものを知ったからこそ

 それが辛くて怖くて仕方がない

 まあその、急激に求められるのが、あまり得意ではないんだ多分


 自分は幸せだよ

 ただ強く求められると未来を強く願う気持ちに圧倒されて

 こういう、なんかなげやりな気持ちになる

 創ることで幸せを得る人間が

 自分のような、半死人と居る価値はあるのかと。


 手放したくはないがそばにいてほしくもない

 わがままだなあ

 お前ならこういう気持ちも言葉で表現できるかもしれないけど

 不快としかいえない

 ゲームしてる間はそういうのも忘れられる

 だからPSOに依存してるんだろうな』


しょんぼりしきった言葉が、あたしの胸を締め付ける。


”愛は違いを埋める努力から始まるが、それは同じになることじゃない。”

大好きなゲーム・ガンパレードマーチの中の言葉だ。

違いを認めないと。いつもそう自分にいい聞かせながら

でも本当に本当に違うんだと、意識し過ぎる自分を痛感する。


「声が聞きたいよ。駄目かな」


『いいよ』


しょんぼりながらも声を聞くと安心する。


一緒にC9をやった後に、音声チャットしながら別々のチャレをやろうとした、その時だった。


『…あれ、入るところで止まった』


最初はただのフリーズかと思った。

けれど、電源を入れなおした後、そのキャラのデータは壊れていて

持ち物やチャレンジの一切の記録が消滅していた。


そのキャラの名は… Ein Hander …

あたしを護るために、その決意をあらわすためにアがつくってくれた鉄。


『本気を見せないことには

 いつか、どちらも成り立たなくなる』

そんな決意が篭った鉄。


この時。

あたしの言葉を受け付けなくなった彼への気持ちが初めて揺らいだ。

こんなふうにされるのであれば、側に居ない方が良いのではないかと。


『俺はお前にわざと嫌われようとしているのかもしれない』


そう呟く言葉に失望した。

そんなことがあった…ほんのすぐ後に…アインが死んだ。

まるで、あたしとアのすれ違いに押しつぶされたかのように。


一緒にオフチャレした時に取ったクレイジーチューンも

オンで一緒に出したタイムも…全部、消えた。

アインの記録に残っていたチャレンジのこと、全部記憶していたよ。


悲しかった。とても悲しかった。

でもそこでハッと我に返った。

アは…あたしよりもっと悲しいはずだと。


Skypeの向こうで淡々と事実を口にする彼。

その瞬間、彼は自らの負の感情を表に出すことを嫌うひとだったと

あたしは思い出した。


…初めてオフで会った日  『困ったな』と無感情に言いながら微笑んだ表情をする彼。
 心底悔しいのに、悲しいはずなのに、それを外側では見せなくて。
 それがあたしには本当に…泣きそうになるくらい切なくて、愛しかった。


そんな記憶が、蘇った。


言葉にできなくて、言葉にすると傷つけるから、何も言えないだけ。

何も言えないのにこじ開けようとするから、心が閉じるだけ。

…ずっとひとりだったから、自分の内側をみる必要もなかったんだ

あたしの大好きなひとは…。


アインの死が、それまでの記憶を瞬間的に再生させた。

あたしは、この程度で気持ちを揺らがせてしまった自分を恥じた。


『アインを作り直すよ。』とアが言った。

色は変えるの?と尋ねると、何色がいいかと聞かれたから、黒い方の赤、と答えた。

そうして背や体型は元のアインと同じ、でも色と頭パーツが違う新しいアインがうまれた。

EIN HANDER

名前も全部大文字になった。


元のアインと同じように、ふたりきりでC1,C2をやった。

前はドラゴンで初墓つくったっけ。

そんなことを思い出しながら

側に居られるあたたかさをかみしめながら。


「はじめまして。どうぞよろしく」


あたしは深々と頭を下げる。最初のアインに、そうしたように。


『まだまだよろしくですよ』


その側で赤いアインが、あたしに手を差し伸べた。




『ちょっと泣いた

 なんのためにアイン作ったか思い出したし

 ・・・言ったこと守れてなくてまた泣いた

 すごく大事なことをおろそかにしてしまったよ

 悲しませたくなかったのに。

 そこから逃げないようになりたいと思ったのに。

 ごめんね

 なかなかなおらなくて』

(アのコメント。2008年1月)



EIN HANDERはその後セーブミスにより再度ロストしたが

作り直した後は安定し、2006年5月~2007年3月31日…ラグオルが終わるまでの間で

Ep1 TAのみのプレイで02'50"36という結果を残した。